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元気の確認

父の七回忌を無事に終えた。

田舎が遠い私にとって、法事というのはちょっとめんどうくさい。

遠いし、お金もかかるし、時間もとられるし、命日にそれぞれ静かになむなむ〜と偲べばいいんじゃないの、なんて思う。

 

しかし日が近づくと、「どうなってるの?」と親戚も心配しはじめるから、「やらにゃあね」となるのである(^_^;)

 

法事って、故人うんぬんというより、実は生きてる者たちの「元気の確認」なんだろうな、と私は思っている。

欠けることなくみんながそろって、お元気でしたか?、最近どうですか?、と。

そういう意味合いを理解しつつなお、つい時間が惜しいよう!と思ってしまう時間ケチな私なのだった。

 

さて、私にとって、そんな「めんどうくさい」法事。

嫌々やってもしかたないから、どうしたら楽しくなるかな?なんて考えた。

そうしたらね、結局、最初に戻ったの。

元気の確認

親戚に限らず、みんな元気かなあ〜って。

折しも、季節は12月。

棚田でとれた新米を食べてほしいな、とかそんな想いも私を後押しして、十数年も会っていない友達に声をかけてみる勇気も出たのだった。

 

本当のところ、無条件で元気!という人なんて唯の一人もいない。

それぞれなにかしら問題、悩みを抱えている。

それでも、それぞれ集まって「なんとかやってるからね」と集まるのだろうと思う、きっと。……ほかの人を安心させるために。

お父さんは今頃、「やっとそこまできたか」とニヤニヤしてるんじゃないかな、と思う。

 

今回、叔母さんが古い写真を持ってきてくれた。

お父さんの若い頃の写真。

崖をよじ登りながらカメラに向かってニンマリ、の図。

えっ!!、お父さん登山してたんですか!?、私そんな話聞いたことない。

「そうなんよ、こないだああちゃん(←私のことです;^_^A)が山に行くって話してたから、ちょっと思い出して」、と。

……父の結婚前の話である。

しかも嬉しそうな父の笑顔は、今の弟そーーっくり!!
 ……
「めんどうくさい」なんて思ってごめんなさい、お父さん。
ありがとうね、
みんなに逢わせてくれて。

| りこ&とこ | 21:30 | comments(6) | - |
最後の仕事を終えて…

5年間かかわった仕事が、幕を閉じた。
この仕事をたったひとことで言い表すなら、「つらかった」という一語に尽きる。
やめたくてやめたくてしかたなくて、実際、社長にもそうお願いしたりして悪あがきもした。
好きな仕事の5年間はあっという間に過ぎていくが、大嫌いな仕事で5年間は……長い、とても。

ふさぎこんでいた最初の頃、友人が外に連れ出してくれたりしたっけ。
会社のかたが遅くまで残って私の話を聞いてくれたりしたっけ。
mちゃんも根気よく私の話をいつも聞いてくれたっけ。
そしてヘトヘトになった私を、山が静かに受け止め、慰め、癒してくれた。
何度も何度も何度も……。

最後の4ページのモノクロページを終え、いつも同じデスクで働いていたかたたちと丁寧な挨拶をかわす。
ほかのかたもなんだかとってもさみしそうに見えた。そりゃそうだよね。
ひとつの雑誌が消えていくということは、そこで働くスタッフたち……カメラマンやスタイリストやメーキャップアーチスト、モデル、ライター、編集者、校正、印刷関係と大勢のかたがた……の生活を変える決して小さくない出来事だ。
自分の持ち物をすべて鞄に詰め、最後に机を心をこめて拭き清めた。
綺麗になった自分のデスクに向かって、静かに頭を下げたりしてね。
「有り難う、さようなら」と……。
あんなに嫌っていた仕事、毎月始まる頃になると憂鬱になった仕事なのに、どうしてかな、私もちょっとさみしかった……。

いろんなことをしんみりと思い返しつつ、荷物をいっぱい抱えて事務所に戻る。
今日は会社の忘年会でもあるのだ(今年は早め)。
事務所に着いてほっとひといきついたところで、社長がすかさず「仕事、頼んでいい?」。
ええっ、5年間の仕事を終えてほっとして夕方に戻ってきて、すぐ仕事の話ですか、マジですか、とびっくりする私に、「サラダ作ってほしいの」。
「え、サラダ?」
なんだ、そういうこと。忘年会の前菜の海鮮サラダ。
それならオッケー!、とみんながまだ仕事をする中で私のまないたのトトトトンの音が響く。
「おかあさんの音だ♪」なんて声も後ろで聞こえてきたりして(笑)。

忘年会では「今日で最後だったんだ、お疲れさま」と会社の仲間にねぎらわれ、なんだかなあ〜。
油断するとほろりとしちゃいそうで、コップが空のかたはいないかしら、足りないものはないかしら、と前菜を用意した延長で台所系のほうに注意を配ってしんみりしないようにする。

ひとつの節目を迎え、また来週から新たな生活が始まる。
この週末で気持ちをさっぱりと切り替えて、また元気に頑張ろう。

   * * *

翌日、出張先だったS社のチーフからいただいた綺麗な花柄のハンカチーフに添えられたメッセージカードに、挨拶とともに「確かな仕事に全幅の信頼を持っています」と書いてくださっていて、とても嬉しくなった。
そのひとことで、この5年間が報われたような気がして……。
ちゃんと見てくれていたんだ……、って思ったの。
私は、どんな仕事に対しても「誠実に、丁寧に」を心がけているから。

この仕事のことをできるだけ早く忘れ、新たな気持ちでスタートしたくて、見本誌等も何一つ持ち帰らず、自分でファイリングしたものもすべて破棄した私だけれど、このメッセージだけは大切に残しておこう、って思いました。

| りこ&とこ | 23:00 | comments(2) | - |
時間は、創るもの

「忙しい忙しい」という人ほど、実はたいして忙しくないように思うのは、私だけでしょうか。

 

本当に忙しい人は、「忙しい」と言い訳する暇もないし、またそれがかなり「カッコ悪い」「ダサイ」ということも知っていると思うのだ。

また「忙しい」を言い訳に使わない人は、忙しいなりにも自分の楽しみの時間を見つけるのもうまい。

 

時間は生み出そうと思えば工夫次第で生み出せるものだ。

毎日早起きするとか(これはかなりまとまった時間を生む)、週末に惣菜を作りおきしておくとか、買い物はまとめてするとか、テレビをダラダラ見るのをやめる、とか。

洗濯しながら他のことをするのは当たり前として、家の中を行ったり来たりする間にも「ついでにたたんだ洗濯物を運ぶ」とかね(笑)。

 

何が嫌かといって、忙しぶってる人に限って時間にルーズ。

そして、自分でそのツケを払うならともかく、そのツケを払う時間すらないと堂々とのたまり、時間を惜しんで生活している人の時間(すなわち人生の持ち時間、生命〈いのち〉ともいう)を奪っていくのだ。
 

お願いします、人の命、もう少し尊重してください。
人としての扱いすら受けていない気もするけれど、いちおう、心もある生き物ですし、寿命もありますので!!

| りこ&とこ | 20:00 | comments(0) | - |
雨のにおいは…

雨のにおいは 遠い記憶を呼び覚ます
しまい忘れた 幸福(しあわせ)のかけら

理子

| りこ&とこ | 20:00 | comments(0) | - |
損とか得とか

人より損しないようにしよう
人よりちょっとでも楽しよう

意識するにせよしないにせよ
そんな損得計算が自分の行動基準の中に入り込むと
そのこと自体に振り回されてストレスを増やしていく
ということはないかな

自分の持ち時間・能力で最大限がんばって
それで無理なものは無理だし
言い訳も必要ない

なんかかんか自分の心の中で言い訳を探したり
実際に人にもそう思ってほしくて言い訳したり…
守りにはいってしまうと、気苦労も多そ
ケチくさくてカッコ悪いし

自分の心の中にある美しいもの…
良心とか優しさとか一生懸命さとか…
そういったものを自分自身が裏切っているようで
哀しいよね

目に見えるものだけがすべてじゃない
他人にどう見えるかということよりも
まずは自分の心の中で恥ずかしくないようでありたい

| りこ&とこ | 22:00 | comments(9) | - |
幸福な年の瀬
一日一日があわただしく過ぎ、今年も一年が終わろうとしている。

会社では手があくと、苦手な年賀状書きに回されるので閉口ぎみの私だが、達筆な人もそうでない人も、真剣な面持ちで手書きしている様子はほほえましい。
お歳暮でいただいたりんごを少しもらって帰るときのウキウキした感じ。
クリスマス色の都会の街を眺めながら帰る晩。
パルシステムでは、クリスマスメニューがたくさんで、ついつい注文しすぎたけれど、「ま、いっか」ですませちゃう(笑)。
湯たんぽを布団にしのばせて、今日もあったかくして眠ろう。

静かな晩を過ごしながら、幸福感に充たされている。
これこれこういうことがあったから幸せ、という時期はとっくに過ぎた。
自分の内側に幸福感がしっかりとあって、この感じを大切にしよう、と思う。

信州のりんご
| りこ&とこ | 22:14 | comments(0) | - |
透明な心で…
心が澄んでいる。
山を歩きながら。雲一つない青空を見上げながら。金色に輝く銀杏を見上げながら。
あるいは、私の腕の中で安心して眠る猫を眺めながら。道端でひなたぼっこする猫を眺めながら。
あるいはキッチンでお弁当を作りながら。仕事でゲラに入朱しながら。

人って、こんなに透明になれるんだ、こわいくらい。
美しいものを、たくさん、たくさん見たから、もういつ死んでも大丈夫という気もするけれど、まだ先は長いと仮定して(笑)、目標ができたよ。

美しい山々に囲まれ、水が綺麗で、お米が美味しいところで暮らそう。
自分で手間暇かけた美味しいお米を主食にして、地域の野菜をいただいて暮らそう。
庭に七輪を出してね、炭火で焼き鳥したり、秋刀魚を焼いたり……。
そこでは、とこも自由に庭をお散歩できるの。マンション内のリードつきじゃないのよ。

真っ白な雪を眺めながら春を待つ長い冬。
花々が一斉に芽吹く春にエネルギーをもらい、春、夏、秋と精一杯、生きるの。
そのときできる、自分のすべてで。再び巡る、長い冬に備えて。

繰り返し、繰り返し、冬を耐え、春を迎え、元気に夏と秋を生き……繰り返し……。
そしていつか、古い古い桜の樹のそばで眠るの。
そこでは、誰かの人生を「墓をみる」ために縛らなくていいのよ。

何か大きなことを成し遂げたいわけではなく、ただなるべく人に迷惑をかけずに生きたくて……誰も傷つけたくなくて……でもそれさえままならなくて……人に助けられながら生きている。
そんな私が描いているのは、そんな人生。

山は、私にさまざまなことを示唆してくれる。
山を、黙々と歩いていると自分にとって不要なことが削ぎ落とされ、大切なことだけが濃縮されていくように思う。
濃縮されたそれらは、私の軸になり、核となる。
自然が育ててくれた確固たる核を持つ私は、私自身で充(み)たされていて、自分を誇張する必要もなく限りなく等身大で、ただ澄んでいられる。

明日になったら、透明度は、また少し落ちるかもしれない。
明日になったら、今日のブログも削除したくなるかもしれない。
でも今日の透明さを、確かさを、描いた夢を残したくて、今夜は更新しておこう。
| りこ&とこ | 23:25 | comments(0) | - |
冷たい空間
月曜日の朝、いつものように二子玉川駅で田園都市線に乗り換える。
この線は、都心に向かう電車のなかでもよく混むことで有名だ。
しかし私の乗る時間帯は少し遅めなことと、各駅停車の電車を利用していることで、身体がきちきちにくっつくような酷い車両に乗り込むようなことは滅多に起きない。

この日も座ることは最初から期待していないが、そんなに混んではいない車両に乗り込んだ。
乗ってすぐに目に入ったのは、扉のすぐ近くの手すりをすがりつくように握りしめて立っているおばあさん。おばあさんの腰はもうだいぶ曲がっていて、見るからに立っているのがキツそうだ。

どこか空いている席はないのかな、と見渡すがそんなものはどこにもない。
しかしおばあさんの後ろは、優先座席。向かいを合わせて6席分。
誰も代わってくれなかったのかなあ〜、と見ると、5人は狸寝入りを決め込んでいる。
一人だけシャンとして前を見て座っているのは、このおばあさんと同じくらいお年のかただけ。

座っている老紳士と目が合った。
ハァァ……心の中でついたお互いのため息が聞こえそうだ。
よくある光景だけれど、ときどき、心が凍えそうになるよ。

大学生のころ、大阪で暮らしていたが、こんなとき元気のいいおばちゃんが声をかけたものだ。「このおばあさんに席ゆずってあげてぇな」−−

東京でこんなことをする人は、まずいない。
みんな、他人が怖いのだ。どんな人がいるかわからない。
ちょっと新聞が当たったとか、なんとか言っては朝っぱらから喧嘩をしていたりするようなカリカリした人が多いのだ。
私も駅に降りるのに「じゃま」だという理由で、青あざができるほど肘鉄を食らったことがあるし、とても大阪の元気おばさんにはなる勇気はない。
本当はそうしたいのに。誰か代わってあげて、って言いたいのに……。

その朝から1日あいて水曜日。
またまったく同じような状況に出くわす。優先座席に座っている人の年齢層が前よりは高いかな、というくらいであまり変わらない状況。
なんだか腹が立ってきた。何で毎日毎日、電車に乗るだけでこんないたたまれない思いをしなくてはならないのだろう……!

自分にももどかしくなり、今朝は座席を確保して扉のところにいるおばあさんに座ってもらった。おばあさんはペコンと頭を下げ、静かに席に座ってくれたので私もほっとした。

関西の元気おばさんはともかく、地元の中国地方の学生なんかはとてもシャイで、席を譲ったりするのが恥ずかしいらしく、わざと座らないでずぅっと30分くらい平気で立っていたりして、逆におばあさんに「空いてますよ」なんて声をかけてもらったりしている光景を見たりするけど……。
比べてものを言うのは好きではないけど、こんな酷い光景が“日常的に”繰り返されているのは、東京だけではあるまいか、と私は思う。

中央線で新宿から甲府に向かう、とか秩父線で池袋から飯能に向かう、とかそんな座らないとちょっとキツイかなあ、というような線の話ではない。
せいぜい10分、20分のことで、運がよければ座れて、座れないのが普通の時間帯のこと。
これが、東京の日常……。

*寒露(二十四節気)…冷気で朝露も凍りそうになるという意味。
| りこ&とこ | 20:00 | comments(0) | - |
黄色信号
ちょっと身体のあちこちがむずむずと痒くなってきました。やばいやばい。
アトピーがひどくなる前の合図です。この合図が出てきたら「無理しすぎ」です。
朝の元気なうちに昨日仕上げた仕事をざっと見直して、出社後すぐに社長に預けたらようやく大きな山を越えてちょっと一息つけた。

忙しいのは嫌いじゃない。たくさんの仕事を与えられると、闘志が湧く。
絶対に音をあげずに締め切りも死守してやり遂げてみせる!、と。
だけど、一度アトピーがひどくなると治るまでがけっこう面倒くさいんで(病院行ったり、慣れない薬のんだり)、前兆があったらそこでちゃんと立て直すようにしている。
最近は身体との付き合い方がうまくなったの。
本当にひどくなると外に出られなくなっちゃって、かえって人に迷惑をかけてしまうから、体調管理も仕事のうちと思って、「睡眠」と「ごはん」は忙しくてもきちんとしよう、って決めているの。

*野茂英雄選手が引退表明。
| りこ&とこ | 20:00 | comments(0) | - |
こころの深呼吸
朝日新聞に掲載されている落合恵子さん「積極的その日暮らし」が共感することが多く、欠かさず目を通すようにしている。

26日は「やわらかな縁」というタイトルで、ベランダで冬越ししたラナンキュラスが蕾をつけたことに生きる弾みを与えられる、というような内容だ。
暮らしの中心や基本にあるものも大事だが、その周辺、柔らかな縁にあるものが、今日を明日につなぐ弾みを贈ってくれる、と……。

池波正太郎氏の『私の正月』より引用された一節も素敵だ。
「……人間という生きものは、苦悩・悲嘆・絶望の最中にあっても、そこへ、熱い味噌汁が出て来て、一口すすりこみ、(あ、うまい)と感じるとき、われ知らず微笑が浮び、生き甲斐をおぼえるようにできている。
大事なのは、人間の躰にそなわった、その感覚を存続させて行くことだと私は思う


この“味噌汁”にあたるものは人それぞれだが、このような心の深呼吸の瞬間を持っているかどうか、存続させているか否かで、人生の景色が大きく違ってくるのではないだろうか、と落合恵子さんは書いています。

私も、とこが面白い格好で爆睡しているのを見て思わず吹き出したり、ベランダの野菜たちの様子にいちいち感動したり、山でいろんな花に出逢い素晴らしい景色をみたり、そうした幸せな瞬間に支えられ、なんとかかんとか生活していけるのだなあ……とあらためて思いました。
| りこ&とこ | 08:00 | comments(0) | - |

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